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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)5918号 判決

原告 室井栄

原告 本田技研健康保険組合

右代表者理事長 大久保叡

原告 本田技研工業株式会社

右代表者代表取締役 河島喜好

右原告ら訴訟代理人弁護士 浅川勝重

被告 森正次

右訴訟代理人弁護士 酒井紳一

被告 下原昭吉

被告 株式会社森一組

右代表者代表取締役 森正彦

右訴訟代理人弁護士 北尾強也

同 岩淵正明

主文

被告下原昭吉、同株式会社森一組は各自

原告室井栄に対し、金二七八万一一七三円及び内金二五三万一一七三円に対する昭和五二年四月一日から、内金二五万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

原告本田技研健康保険組合に対し、金三六万六五六二円及び内金三二万六五六二円に対する昭和五一年七月二〇日から、内金四万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

原告本田技研工業株式会社に対し、金六五万一七九〇円及び内金五九万一七九〇円に対する昭和五一年七月二〇日から、内金六万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

支払え。

原告らの被告下原昭吉、被告株式会社森一組に対するその余の請求、被告森正次に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告室井栄と被告下原昭吉、同株式会社森一組との間に生じた分はこれを五分し、その四を原告室井栄の、その余を右被告らの、原告本田技研健康保険組合と被告下原昭吉、同株式会社森一組との間に生じた分は二分し、その一を右原告、その一を右被告らの、原告本田技研工業株式会社、被告下原昭吉、同株式会社森一組との間に生じた分は右被告らの、原告らと被告森正次との間に生じた分は原告らの、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自

原告室井栄に対し、金一三〇七万円及び内金一二〇〇万円に対する昭和五二年四月一日から、内金一〇七万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

原告本田技研健康保険組合に対し、金六〇万一六一〇円及び内金五四万一六一〇円に対する昭和四九年七月二一日から、内金六万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

原告本田技研工業株式会社に対し、金七〇万六六〇二円及び内金六三万六六〇二円に対する昭和四九年六月一一日から、内金七万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  昭和四八年七月二二日午後三時ころ、石川県鳳至郡門前町字藤浜地内先の国道二四九号線上において、原告室井栄運転の二輪自動車(埼ま七一五七、以下原告車という。)と、対向方向から進行してきた被告下原昭吉運転の大型トラック一〇・五トン車(石川一一そ一一五六、以下被告車という。)とが衝突し、原告車が破損するとともに、原告室井は右大腿骨開放性骨折、右脛骨、腓骨開放性骨折、頭部打撲Ⅰ型の傷害を負った。

2  被告森は、被告会社の取締役として被告車の運行その他被告会社の業務に関与し、被告車の運行利益の配分にあずかっていたほか、被告車の所有、検査証、使用者届出、保険加入についての名義をいずれも自己の名義ですることにより被告車の運行による事故の責任を自己が負うことを外部に表示するとともに被告会社に対してもこれを承諾していたものであるから、同被告は本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。また被告下原は被告会社の被用者で、被告会社の業務執行のため被告車を運転中後記3のとおりの過失により本件事故を惹起したものであり、被告森は被告会社の取締役として被告会社に代って被告下原を監督していたものである。したがって、被告森は、本件事故による人的損害については自動車損害賠償保障法三条、物的損害については民法七一五条二項に基づき賠償すべき義務がある。

3  被告下原は、本件事故現場が幅員六メートルの道路で、原告車の進行方向左側が崖になっているうえ左側にカーブしていて前方の見通しがきかないのであるから、同被告としてはあらかじめ減速徐行し、警音器を吹鳴し、安全を確認しながら道路左側を進行すべき注意義務があるにもかかわらず、右の各措置をとらず、漫然時速約四五キロメートルで道路中央を越えて進行したため本件事故が発生したもので、同事故は同被告の過失によるものであるから、同被告は民法七〇九条に基づき本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

4  被告会社は、本件事故当時被告車を土木工事用資材の運搬のため常用し、その業務のため被告車を運行の用に供していたものであり、また右2、3のとおり被告下原は被告会社の被用者で、被告会社の業務執行のため被告車を運転中過失により本件事故を惹起したものであるから、被告会社は本件事故による人的損害については自動車損害賠償保障法三条、物的損害については民法七一五条一項に基づき賠償すべき義務がある。

5  原告室井は、前記傷害を受けたため、事故日である昭和四八年七月二二日から同年八月二六日までの三六日間石川県富来町所在の向病院に、同月二八日から同年一二月二一日まで及び昭和四九年四月二一日から同年五月二日までの一二八日間黒磯市所在の福島整形外科病院にそれぞれ入院し、その後同月一〇日までの間に八回同病院に通院して治療を受けるとともに、勤務先である原告本田技研工業株式会社(以下原告会社という。)を昭和四八年七月二二日から昭和四九年五月一五日までの二九六日間欠勤した。

6  右により原告室井が受けた損害は次のとおりである。

(一) 治療費自己負担分 金三万一五三〇円

(二) 入院雑費 金八万二〇〇〇円

ただし一日金五〇〇円の割合による一六四日分

(三) 付添看護費 金二三万八〇〇〇円

ただし原告室井の母が付添った費用一日金二〇〇〇円の割合による五三日分金一〇万六〇〇〇円と同人の前記向病院への往復旅費六回分金一三万二〇〇〇円の合計額

(四) 休職中の逸失利益 金七八万六六一四円

原告室井は前記のとおり本件事故のため原告会社を欠勤し、その間昇給及び超過勤務手当、皆勤手当の支給を停止され、賞与を減額され、これによる逸失利益は次のとおりである。

(1) 事故前の昭和四八年三月から同年六月までの間支給を受けた超過勤務手当、皆勤手当の平均月額は金一万三一二四円であったが、同年七月以降復職した月の前月である昭和四九年四月までの間右各手当の支給を受けることができなかったから、その額は金一三万一二四〇円となる。

(2) 昇給停止、賞与減額による逸失利益

原告会社の現行賃金体系は、本給(一等級(B)が金五万七八〇〇円、二等級(A)が金六万七〇〇円、同(B)が金六万四八〇〇円、三等(A)級が金六万八八〇〇円、同(B)が金七万八〇〇〇円、四等級(A)が金八万二八〇〇円、同(B)が金九万四〇〇〇円)に業績加給(本給の二五パーセント)と号給加給(一号当たり金二五〇円、ただし昭和四九年度(同年四月から翌年三月まで、以下同じ)は金二二〇円、昭和五〇年度は金二三五円)が加算されることになっており、原告室井は昭和二八年二月一九日生れ、昭和四六年三月高等学校を卒業、同年四月原告会社に入社したものであるから賃金については標準モデルが適用され得るもので、事故当時は右モデルどおり一等級(B)三七号俸が給されており、以後モデルどおりとすれば、昭和四九年度には昇給して二等級(B)四六号、昭和五〇年度は同五五号、昭和五一年度は同六四号となるはずで、右各年度の賃金額は別紙第一表のとおりとなる。

また、原告会社では毎年夏季、年末の二回賞与が支給されることになっており、右賞与額は

{(本給+号給加給)×係数+加算}×出勤係数

の式で算定されることになっており、本給、号給加給について前記のとおりで、出勤係数についてはその対象期間内に出勤がない場合には零となるが、その場合でも最低保障額は支払われることになっており、また係数と加算額は年度毎に夏季、年末それぞれについて定められることとなっていて、昭和四八年度年末以降昭和五一年末までの間のその数値及び価額は別紙第二表のとおりである。もっとも加算額は算級別に定められることになっており、右の額は昭和四八年度冬については一等級、昭和四九年以降昭和五一年度までについては二等級のものである。

したがって、原告室井が本来受けることができた昭和四八年夏季以降昭和五一年年末までの賞与額は右別紙第二表のとおりである。

ところが、原告室井は右の期間内に現実に支給を受けた賃金及び賞与の合計金額は別紙第三表中実収額欄記載のとおりであるから、同原告が休職のため得られなかった超過勤務手当、皆勤手当、昇給停止、賞与減額による損害額は右第三表の金額に前記(1)の金一三万一二四〇円を加えた金七八万六六一四円である。

(五) 昇給遅れによる昭和五二年度以降の逸失利益     金五二万一〇六〇円

前記のとおり原告室井は本件事故に基因する休職がなければ昭和五一年度には合計金一七四万八三九六円の賃金及び賞与収入を得られたはずであるところ、現実に支給を受けた額は金一六八万九一六円であり、その差額である金六万七四八〇円の収入減は五五歳の定年退職時まで継続することになるが、そのうち一〇年分についてのみ請求することとし、その間の中間利息をライプニッツ方式によって控除して現在価額を算出すると、その額は金五二万一〇六〇円となる。

(六) 後遺症障害による逸失利益 金一三二一万九七二三円

原告室井は、原告会社の狭山製作所において事故以前と同じく溶接業務に従事しているが、本件事故によって自動車損害賠償保障法施行令別表所定の九級に該当する後遺症が残存し、労働種別の選択について制約を受け、また作業能力も相当低下しており、これによる逸失利益は、昭和五一年度の男子全年齢平均年収額(金二二二万三八〇六円)に労働能力喪失割合として三五パーセントを乗じ、右が六七歳に至るまでの四四年間継続するものとして算定するのが相当であり、右の額からライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その額は金一三七四万七八三円となるが、右の額から前記(五)の金五二万一〇六〇円を控除した金一三二一万九七二三円を請求する。なお右金額中判決において認容されない部分があるときはその分を後記(八)の金額に加算して請求する。

(七) 治療中の慰藉料 金一二一万五〇〇〇円

原告室井は、本件受傷のため入院五か月、通院四か月の治療を受けたもので、その間の精神的苦痛に対する慰藉料は金一二一万五〇〇〇円が相当である。

(八) 後遺症障害による慰藉料 金二六一万円

原告室井は、本件事故のため右下肢二・二センチメートル短縮、右足関節運動障害の後遺症が残存したもので、これが精神的苦痛に対する慰藉料は金二六一万円が相当である。

(九) 自動車破損による損害 金二〇万円

原告車は原告室井の所有で、本件事故のため大破して使用不能となったものであり、その損害額は金二〇万円である。

(一〇) 弁護士費用 金一〇七万円

原告室井は、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、手数料及び謝金を支払うことを約したが、右のうち金一〇七万円を請求する。

したがって、原告室井の被った総損害額は合計金一九九七万三九二七円となるが、右のうち自動車損害賠償責任保険から金一三一万円を受領したので、残額は金一八六六万三九二七円となる。

7  原告本田技研健康保険組合(以下原告組合という。)は組合員である原告室井が前記のように本件事故によって受傷し、右組合保険を利用して治療を受けたため、昭和四八年七月二二日以降昭和四九年五月一〇日までの治療費のうち、健康保険法所定の診療報酬合計金五四万一六一〇円を別表第四のとおり前記向病院及び福島整形外科病院に支払い、その都度同金額につき健康保険法六七条の規定に基づき原告室井が被告らに対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

また、同原告は、本訴の提起追行を原告ら訴訟代理人に委任し、手数料及び謝金を支払うことを約したが、右費用として金六万円を請求する。

8  原告会社は、原告室井が前記のように本件事故によって受傷し、そのため昭和四八年七月二三日以降昭和四九年五月一五日までの二九七日間原告会社を欠勤したが、原告会社及び一部子会社の従業員で組織されている本田技研労働組合との間で締結されている労働協約に基づき別表第五のとおり合計金六三万六六〇二円の給与及び賞与を支払い、その都度支払金額につき民法四二二条に基づき原告室井が被告らに対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

また、同原告は本訴の提起追行を原告ら訴訟代理人に委任し、手数料及び謝金を支払うことを約したが、その費用として金七万円を請求する。

よって、原告室井は、前記6の損害のうち金一三〇七万円及びうち弁護士費用を除いた金一二〇〇万円に対する最終の損害額が確定した日の翌日である昭和五二年四月一日から、うち弁護士費用金一〇七万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告組合は前記7の金六〇万一六一〇円及びうち弁護士費用を除いた金五四万一六一〇円に対する最終に代位取得した日の翌日である昭和四九年七月二一日から、うち弁護士費用金六万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告会社は前記8の金七〇万六六〇二円及びうち弁護士費用を除いた金六三万六六〇二円に対する最終に代位取得した日の翌日である昭和四九年六月一一日から、うち弁護士費用金七万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ被告らに対して求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告森正次)

1 請求の原因1の事実中、主張の日時場所で原、被告車が衝突したことは認めるが、原告車が破損したこと、原告室井が主張のような受傷をしたことは不知。

2 同2のうち、被告森が被告会社の取締役で、被告車の所有名義人であったことは認めるが、その余の事実は争う。被告森は、昭和四四年ころ兄である訴外森正一がそれまで個人で経営していた森一組を株式会社組織にする際懇請され、形式上の取締役に就任したもので、右被告会社の経営一切は右訴外正一があたり、被告森は全く関与しておらず、被告車についても被告会社が購入するに際し、訴外正一から依頼され、単に名義を貸与したにすぎず、その購入費用、保険料、ガソリン代等の諸経費は一切被告会社が負担し、被告森は被告車の運行を支配していないし、運行による利益も収めていないから、運行供用者ではない。また被告会社の従業員の指揮監督は専ら右訴外正一があたり、被告森は被告会社に代って被告下原を監督する立場にはなかったものである。

3 同5ないし8の事実中原告室井が自動車損害賠償責任保険金一三一万円を受領したことは認めるが、その余の事実はいずれも不知。

(被告下原昭吉)

1 請求の原因1の事実中、主張の日時場所で、原、被告車が衝突したことは認めるが、原告車が破損したこと、原告室井が主張のような受傷をしたことは不知。

2 同3の主張は争う。

3 同5ないし8の事実中、原告室井が自動車損害賠償責任保険金一三一万円を受領したことは認めるが、その余の事実はいずれも不知。

(被告会社)

1 請求の原因1の事実中、主張の日時場所で原、被告車が衝突したこと、原告室井が受傷したことは認めるが、その余の事実は不知。

2 同4の事実中、被告下原が被告会社の被用者で、本件事故当時被告会社の業務執行のため被告車を運転中であったことは認めるが、その余の主張は争う。

3 同5ないし8の事実は不知。

三  抗弁(過失相殺)

(被告ら)

本件事故は、原告室井が見通しの悪いカーブを漫然と友人運転の自動二輪車に追従し、徐行することなく道路の右側部分を走行した過失が一因を成しているので、損害額の算定にあたっては、右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告ら主張の日時場所で、原、被告車が衝突したことは全当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右衝突により原告車が破損するとともに、原告室井が右大腿骨開放骨折、右脛骨、腓骨開放性骨折、頭部打撲1型の傷害を負ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

二  《証拠省略》を総合すると、本件事故現場は鳳至郡門前町方面から輪島市方面にほぼ南北に通ずる歩車道の区別のない幅員約五・二メートルのアスファルト舗装道路で、中央線の表示がなく、両側端から〇・三メートルのところに車道外側線が表示されていること、また右道路は、その東側が山の土手に、西側が海に面しており、後記衝突地点の北側すなわち輪島市寄りは同地点から六、七〇メートルの附近に長さ約三〇メートルの凹みがあるものの直線で、衝突地点の南側すなわち門前町寄りはすぐにの形にカーブしており、同カーブに入る手前で輪島市方向を見た場合、前記凹みの中にある乗用車等が見えないだけで見通しはよいが、右カーブに入ると道路右側の土手に遮ぎられて見通しは悪いこと、被告下原は砂利を満載した被告車を運転し時速約四五キロメートルで門前町方面から進行してきて右カーブに差しかかり、カーブの手前で海越しに輪島市方向からの対向車の有無を確認したところ、対向車が見えなかったので、警音器を吹鳴することなく、そのままの速度で進行したこと、そして衝突地点の約一六、七メートル手前附近まで至ったところ、前方約二二メートルの地点に訴外大崎秀喜運転の自動二輪車を発見したので急制動をかけるとともに、ハンドルを左に切り、右訴外車とは辛うじて接触することなく擦れ違うことができたこと、右擦れ違った後被告下原はすぐハンドルを元に戻すとともにギアをセカンドに入れて進行しかけたところ、前方約二三メートルの地点に今度は原告車の進行してくるのを発見したので急遽急制動をかけたが間に合わず、カーブの角附近で、被告車の前部右フェンダー附近と原告車の前部とが衝突したものであること、一方原告室井は右訴外車の二、三〇メートル後方を時速約五〇キロメートルで道路左側の中央寄りの部分を追従進行し、警笛を吹鳴することなく前記カーブに差しかかり、被告下原が原告車を発見するとほぼ同時に同原告も被告車を発見し、急遽ハンドルを左に切ってこれを避けようとしたが間に合わなかったこと、被告車の車幅は二・四八メートルで、衝突地点は道路東側端から一・六メートルの地点であり、事故後右衝突地点の手前に被告車の右側六・五メートルと八メートル、左側四メートルと二・二メートルの四条のスリップ痕が路面上に残っていたことがそれぞれ認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によると、本件事故現場附近は右認定のように道路の幅員が狭いうえにカーブしており、地形上も相互の見通しが悪いのであるから、被告下原としては、右カーブの途中において警音器を吹鳴して対向車両に自車の進行を知らせるとともに徐行しかつできるだけ左側に寄って進行すべき注意義務があるにもかかわらず同被告は単にカーブの手前で一度確認しただけで、右の各措置をとらず漫然進行したもので、それがため本件事故が発生したものということができるから、同被告は民法七〇九条に基づき本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  次に、被告森正次の責任の有無について判断するに、同被告が被告車の所有名義人であったことは当事者間に争いがない。しかしながら、《証拠省略》によると、被告会社はもともと被告森の兄の森正一が個人で経営していたもので、被告森も高校卒業後兄のもとで働き、一従業員として当初はブロックのコンクリート練りを、その後は運転免許を取得してダンプカーや重機の運転及び土木作業に従事していたが、昭和四四年ころ兄正一が対外的有利性を考えて従来の個人経営を株式会社組織にする際、依頼されて名義上の取締役になった(取締役であった事実は当事者間に争いがない。)が、同被告は出資したわけではなく、仕事の内容も従前と全く同様で、仕事上の指示監督は一切兄正一が自ら行なっていたこと、本件被告車は昭和四六、七年ころ被告会社が購入したものであるが、以前に購入した車両の代金が未払いであったこともあって、被告森が兄正一から依頼されて単に名義上の買主となることを承諾したにすぎず、代金はもちろん車検料、修理費、燃料費等は一切被告会社が負担し、車両も専ら兄正一の指示で被告会社の業務のため使用されていたこと、本件事故時の被告車の運行も被告会社の業務としての砂利運搬のためであったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そうだとするならば、被告森正次は、本件事故時における被告車の運行を支配しかつ利益を収めていたものではなく、また被告会社に代って被告下原を監督していたものということもできないから、本件事故に関し同被告にその責任はないものというべきである。

四  次に、被告会社についてであるが、右三において認定した各事実によれば、本件事故時における被告車の運行を支配しかつ利益を収めていたものは被告会社であることが明らかであり、かつ被告下原が被告会社の被用者で本件事故時被告会社の業務執行中であったことは当事者間に争いがないから、被告会社は人的損害については自動車損害賠償保障法三条に基づき物的損害については民法七一五条一項により本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

五  そこで、まず原告室井の損害について判断する。

1  《証拠省略》によると、原告室井は前記のような傷害を受けたため事故当日の昭和四八年七月二二日から同年八月二六日まで三六日間石川県羽咋郡富来町所在の向病院に入院し、さらに同月二八日から同年一二月二一日まで及び昭和四九年四月二一日から同年五月二日までの三八日間栃木県黒磯市所在の福島整形外科病院に入院して治療を受けたほか、昭和四八年一二月から昭和四九年三月にかけて合計七日間右福島整形外科病院に通院して治療を受けたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

2  治療費

《証拠省略》によると、原告室井は右入・通院治療については原告組合の保険を利用したが、そのほか自己負担分として合計金二六六〇円を支出したことが認められるが、右の額を超えて支出したと認めるべき証拠はない。

3  入院雑費

原告室井が本件事故による受傷のため合計一六四日間向病院及び福島整形外科病院に入院したことは前記1において認定したとおりで、その間入院に伴う雑費を支出したことは容易に推認されるところであり、本訴において認容すべき額は一日当たり金五〇〇円合計金八万二〇〇〇円と認めるのが相当である。

4  付添費用

《証拠省略》によると、原告室井は前記向病院に入院していた全期間及び福島整形外科病院の入院期間内である昭和四八年八月二八日から同年九月一三日までの二五日間付添看護が必要で、当初は父が、その後は母がそれぞれ付添ったこと、またそのための交通費として六往復分金一三万二〇〇〇円を支出したことが認められ、右近親者付添による看護費用は一日金二〇〇〇円合計金一二万二〇〇〇円とみるのが相当であるから、結局付添による損害は合計金二五万四〇〇〇円となるが、同原告は右のうち金二三万八〇〇〇円を請求するので、同請求はその理由があるものというべきである。

5  休職中の逸失利益

(一)  《証拠省略》によると、原告室井は前記受傷のため勤務先である原告会社埼玉製作所を昭和四八年七月二二日から昭和四九年五月一五日まで欠勤したこと、同原告は右受傷前の三か月間に超過勤務手当及び皆勤手当として一か月平均金一万三一二四円を受給していたが、右欠勤中は右各手当を全く得られなかったことが認められるから、同原告は右昭和四八年七月から昭和四九年四月までの間に合計金一三万一二四〇円の右各手当の逸失利益損害を被ったものとみるのが相当である。

(二)  《証拠省略》によると、原告室井は昭和二八年二月一九日生れで、昭和四六年三月高等学校を卒業して同年四月一八歳で原告会社に入社し、本件事故当時一等級(B)三〇号の賃金の支給を受けており、もし本件事故による前記欠勤がなければ、モデル賃金に従って、昭和四九年四月一日に一等級(B)四四号に、昭和五〇年四月一日に二等級(B)五三号に、昭和五一年四月一日に二等級(B)六二号にそれぞれ昇給するはずであったこと、原告会社における基準内賃金は、本給に業績加給として本給の二五パーセントと号俸加給として一号当たりの金額に号数を乗じた金額を加えて算出することとなっており、昭和四九年度における一等級(B)の本給は金四万九四〇〇円、号俸加給は一号当たり金二二〇円、昭和五〇年度における二等級(B)の本給は金六万一四〇〇円、号俸加給は一号当たり金二三五円、昭和五一年度における二等級(B)の本給は金六万四八〇〇円、号俸加給が一号当たり金二五〇円であったこと、したがって原告室井が前記のように昇給していれば別紙第五表のとおり昭和四九年度は金八五万七一六〇円、昭和五〇年度は金一〇七万四六〇円、昭和五一年度は金一一五万八〇〇〇円の賃金が得られたこと、また原告会社では毎年夏季及び年末の二回賞与が支給されることになっており、右賞与は本給に号俸加給を加算した額に、あらかじめ定められた係数を乗じ、これに同様に定められた加算額を加え、これに定められた出勤係数(欠勤がなければ一となる。)を乗じて算出することになっており、右係数及び前記等級に対応する加算額は昭和四八年末が二・二と金三万四〇〇〇円、昭和四九年夏季が二・一と金三万八五〇〇円、同年末が二・一七と金五万一〇〇円、昭和五〇年夏季が二・二四と金六万五三〇〇円、同年末が二・三〇と金八万四九〇〇円、昭和五一年夏季が二・四一と金七万四三〇〇円、同年末が二・四六と金九万六六〇〇円であったこと、したがって、原告室井が前記のとおり昇給していれば別紙第五表のとおり昭和四八年末に金一三万四〇六〇円、昭和四九年度に合計金三四万八七一円、昭和五〇年度に合計金四八万五五〇一円、昭和五一年度に合計金五六万一九六一円の賞与を得ることができ、結局原告室井が本件事故がなければ昭和四八年度年末賞与として金二二万四〇六〇円、また前記昇給による賃金と賞与を合わせ、昭和四九年度は金一一九万八〇三一円、昭和五〇年度は金一五五万五九六一円、昭和五一年度は金一七一万九九六一円の支給を受けることができたにかかわらず本件事故による欠勤のため、昭和四九年四月一日一等級(B)三八号に、昭和五〇年四月一日一等級(B)四一号に、昭和五一年四月一日二等級(B)四八号にそれぞれ昇給したにとどまり、昭和四八年度年末の賞与として最低保障額である金四万七〇〇〇円、そのほか賃金と賞与を合わせ、昭和四九年度は金一〇六万六六一五円、昭和五〇年度は金一三五万二四五六円、昭和五一年度は金一六八万九一六円の支給を受けたにとどまって、前記本来受け得るはずであった金額との差額合計金四六万一〇二六円を得ることができなかったことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

したがって、原告室井の昇給遅延による逸失利益損害は金四六万一〇二六円とみるべきである。

そうだとするならば、結局原告室井の休職中の逸失利益損害額は合計金五九万二二六六円である。

6  昇給遅延による昭和五二年度以降の逸失利益

右5において認定した事実によれば、原告室井は本件事故による欠勤のため昇給が遅延し、昭和五一年度において金三万九〇四五円の逸失利益損害を生じており、《証拠省略》によれば、本来欠勤がなければ昭和五二年四月には二等級(B)七一号に、また昭和五三年四月には同八〇号にそれぞれ昇給しているはずであるのに、現実には昭和五二年四月には二等級(B)五七号、昭和五三年四月には同六六号に昇給したにとどまっていることが認められ、右事実も併せ考えると、年間金三万九〇四五円の右逸失利益損害は少くとも昭和五二年以降一〇年間は継続するものと認めるのが相当であるから、その間の逸失利益につきライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五二年四月一日現在の価額を算出すると、その価額は金三〇万一四九三円となる。

7  後遺障害による逸失利益

《証拠省略》によると、原告室井は本件事故による受傷のため、右大腿骨変形治癒により右下肢が約二センチメートル短縮したほか、右足関節の運動障害が残り、長時間立っていたり、車を運転すると右足が疲れるので、職場では仕事の上でも配慮を受けていること、一方欠勤による昇給遅延はあるが、右後遺症のため特に減収は生じていないことが認められ、それらの事実を考慮するならば原告室井は右後遺症により一〇パーセントの労働能力を失い、それが今後四四年間継続するものとみるのが相当である。そこで同原告が本来得ることができるはずであった昭和五一年度の年収金一七一万九九六一円を基礎とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると、その額は金四五五万六八七〇円となる。

8  慰藉料

原告室井が、本件事故によって受傷し、前記のような入・通院治療を受け、なお後遺症が残ったことは前記認定のとおりであり、それによって同原告が精神的苦痛を被ったことは容易に推認されるところであり、本件事故の態様、受傷及び後遺症の部位程度等諸般の事情を斟酌すると、その慰藉料は金二五〇万円が相当である。

9  自動車破損による損害

《証拠省略》によれば、原告車が本件事故によって破損したことは認められるが、右破損による損害額については本件全証拠を検討してもこれを認めるに足る証拠はなんら存在しないから、右請求はその理由がないものというべきである。

10  しかして、右1の治療費損害については後記六において判示するとおりその賠償債権は原告組合に移転し、また5の休暇中の逸失利益損害については後記七において別示するとおりそのうち昭和五〇年、同五一年度の分合計金二四万二五五〇円についてのみ原告室井がその賠償債権を有しているものである。

ところで、前記二において認定した事実によれば、本件事故においては、原告室井にも徐行義務、警笛吹鳴義務及び左側通行義務に違反した過失があり、同過失も事故の一因を成しているというべきであるから、これを斟酌すると、右3、4、6ないし8及び右金二四万二五五〇円の損害合計金六四〇万一九五六円のうち認容すべき額はその六割に当たる金三八四万一一七三円と認めるのが相当であるところ、同原告が自動車損害賠償責任保険金一三一万円を受領したことは同原告の自陳するところであるから、これを控除すると、残債権額は金二五三万一一七三円となる。

六  次に、原告組合の請求について判断する。

《証拠省略》によると、原告室井は原告組合の組合員であり、前記向病院及び福島整形外科病院で治療を受けるに際し、右組合保険を利用したため、原告組合は右各病院に対し別紙第四表のとおり合計金五四万一六一〇円の診療報酬を支払ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。ところで、原告室井が支出したと認められる治療費は前記五の2の金二六六〇円であり、他に主張立証のない以上原告室井が本件事故によって被った治療費損害は、右金五四万一六一〇円と金二六六〇円の合計金五四万四二七〇円と認めるべきところ、前記のとおり本件事故の発生については原告室井にも過失があり、これを斟酌すると、同原告が有する治療費の賠償請求権は金三二万六五六二円と認めるのが相当である。

したがって、原告組合が、健康保険法六七条に基づき代位取得した債権は右金三二万六五六二円というべきである。

七  次に、原告会社の請求について判断する。

《証拠省略》を総合すると、原告室井は前記認定のとおり本件事故による受傷のため昭和四八年七月二二日から昭和四九年五月一五日まで原告会社を欠勤したが、原告会社はその従業員で組織する労働組合との間で締結されている労働協約に基づき別紙第六表のとおり合計金六三万六六〇二円の賃金及び賞与を支払ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

しかして、原告室井の本件事故による休職中の逸失利益損害として認容される金額中右期間に対応する分は前記五の5の(一)の金一三万一二四〇円と(二)のうちの昭和四八年度賞与差額分金八万七〇六〇円と昭和四九年度差額分金一三万一四一六円の合計三四万九七一六円であり、他に主張立証のない以上原告室井の前記期間内における休職による逸失利益損害額は右金六三万六六〇二円と金三四万九七一六円の合計金九八万六三一八円とみるべきところ、前記のとおり本件事故の発生について原告室井にも過失があり、これを斟酌すると、同原告が有する前記期間内における休職による逸失利益賠償請求権は金五九万一七九〇円と認めるのが相当である。

したがって、原告会社が民法四二二条の類推適用により右の金五九万一七六〇円の限度においてのみ原告室井の有する損害賠償債権を代位取得したものというべきである。

八  原告らが本件訴訟の提起追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるから、その報酬等の費用につき認容すべき額は、原告室井につき金二五万円、原告組合につき金四万円、原告会社につき金六万円と認めるのが相当である。

九  以上の次第で、原告らの被告森正次に対する請求はその理由がないので、これを失当として棄却することとし、被告下原及び被告会社に対する請求については、原告室井の請求中金二七八万一一七三円及び内弁護士費用を除いた金二五三万一一七三円に対する昭和五二年四月一日から、内弁護士費用金二五万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、原告組合の請求中金三六万六五六二円及び内弁護士費用を除いた金三二万六五六二円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年七月二〇日から、内弁護士費用金四万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるから、これを正当として認容し、その余は失当として棄却し、原告会社の請求中金六五万一七九〇円及び内弁護士費用を除いた金五九万一七九〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年七月二〇日から、内弁護士費用金六万円に対する本判決言渡の日から八日を経過した日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川昭二郎 裁判官 福岡右武 金子順一)

〈以下省略〉

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